People & Culture誰もが働きやすい職場とは? 当事者に聞く、インクルーシブな環境づくりのヒント
目次
協和キリンは、障害※のある人もそうでない人も、共に働くことができる社会の実現に努めている。障害者雇用に関しては、2013年1月に「協和キリングループ障害者雇用推進宣言」を制定。現在は、障害のある社員が約100名働いている。また、2021年には「私たちのDE&I宣言」を策定し、トップメッセージとともに社内に発信している。
「採用の選考や入社後の処遇において、障害の有無を理由とする区別は一切ない」とのことだが、実際の職場ではどんな風にコミュニケーションをとりながら仕事を進めているのだろうか? 「入社以来、障害による困りごとは全くありませんでした」と話す川嶋 翔さんに、これまでの歩みと、インクルーシブな環境づくりのヒントを聞いた。
- ※「障害」については「障がい」とひらがなで表記するなど、表記の在り方をめぐる議論があり、それぞれに論拠があります。ここでは「障害」を障害者その人の問題とするのではなく、社会全体で解消していくべき「バリア(障壁)」として捉える考え方に基づき、「障害」の表記を採用しています。
プロフィール
協和キリン株式会社 ICTソリューション部エンタープライズソリューションG
川嶋翔(かわしま しょう)
1987年 滋賀県生まれ。2歳の時に脳梗塞を発症し、右半身麻痺となる。リハビリの末、日常生活に困らない程度に回復するも、現在も右手足に麻痺が残っている。システムエンジニアとしてITベンダーに勤めたのち、「システムの企画・立案から携わりたい」との思いから2021年、協和キリンに入社。社内のDX化に取り組んでいる。家族構成は妻と子ども2人。
大切にしているのは「オープンにする」姿勢
–川嶋さんの今の仕事内容を教えてください。
ICTソリューション部のシステムエンジニアとして、RPA(定型業務の自動化)の全社展開の推進や、電子署名サービスの運用保守を担当しています。また、会計システムの刷新プロジェクトにも参画しています。
小さい頃に定期的に通院していた経験から「病気の子どもたちの力になりたい」という思いがあり、製薬業界を志望しました。現在は、働き方改革やグローバルな業務に携われる点に、やりがいを感じています。
–転職の際は何社か面接を受けたそうですね。協和キリンの印象は?
協和キリンの採用面接は、コロナウイルスが全国的に拡大していた時期だったので、全てリモート環境での面接でした。面接内容は、障害に関する質問は、障害の内容と配慮すべきことのみで、大部分が個人の能力・人間性について問うもので「障害の有無にかかわらず、あくまでも個人のスキルを見られている」と感じました。ただ、それと同時に「配慮が必要なことがあれば、いつでも相談してね」という言葉もいただき、好印象でした。その後、採用のご連絡をいただき、2021年から協和キリンで働いています。
–川嶋さんが、働くうえで心がけていることは?
自分の障害のことを、オープンにしようと心掛けています。企業で働いていくうえでは、周囲の人とのコミュニケーションや関係性の構築が大事です。自らの障害について共有することで、チームメンバーが遠慮せず私に接することができると考えています。
「ふうん、そうなんだ」くらいが、ちょうどいい
–「オープンにする」とは、具体的にはどんなことをしているのですか? 職場でのまわりの反応は?
私の場合は「2歳のころ脳梗塞になった」という経緯、右半身が動きにくいという事実と、自分ができること、できないことを伝えています。ユーモアを交えると相手が受け入れやすいのでは、という考えから「左手でのタイピングのスピードは誰にも負けないですよ」といった特技を言うこともあります。
話を聞いた同僚からは、たいてい「ふうん、そうなんだ」という反応が返ってきます。如実に嫌な顔をする方も、オーバーリアクションの方もいません。個人的には、それぐらいが一番良いです。今の職場のチームメンバーも同じような反応で、皆さん障害のあるなしを意識せずに働いています。当たり前のように職場にダイバーシティがあり、皆が皆を受け入れており、困ったときには周囲に気兼ねなくサポートをお願いできる環境が整っていると感じます。
–職場では、何か困りごとはありますか?
入社してからずっと在宅勤務で、作業がしやすい環境を自分で整えられましたし、まわりにも障害のことを伝えてあるので、困りごとは全くありませんでした。
最近になり出社する機会が増え、1つだけ困ったことができました。それは、初対面の方との名刺交換です。日本では両手で名刺を持つのがマナーですが、私はできないので「片手で失礼します」とひと声かけてから、名刺を渡すようにしています。
それ以外は、本当に困りごとがないですね。オフィスの建物はバリアフリーで段差がないので移動しやすく、仕事に集中できる環境です。
「障害は個性。何ら恥じることではない」
–ところで、障害については昔からオープンにしていたのですか?
いいえ。実は新卒でITベンダーに入社するまでは、障害のことをまわりに伝えてきませんでした。小中学校、高校の時はとても仲の良い友達ができた一方で、私の障害をけなす人が必ずいて「障害を表に出したくない」と思っていたからです。転機は、大学時代に2年間サンフランシスコに留学したこと。現地の人々が多様性を自然に受け入れている様子を見て「自分はこれまで、障害のことを気にしすぎてきたのかもしれない」と考えるようになりました。
–現在のように障害のことをオープンに伝えるようになった、きっかけは?
一番のきっかけは、新卒で入社した会社の人事担当に、このように言われたことでした。
「川嶋さんは障害があるがゆえ、人とは異なる価値観を持っている。その価値観を従業員に共有し、浸透させてほしい。それでこそ、お客様に良い製品が届けられる」
この言葉を聞いて、「障害者である自分」を自分自身が最も意識していたこと、障害は悪いことではなく、逆に周囲にポジティブな影響を与えられることに気づきました。そして「障害は個性であり、何ら恥じることではない。これからはオープンにして、まわりに影響を与えていこう」と思うようになりました。
ただ、これはあくまで私の考え方です。障害のある方すべてがそのような考えではなく、自分ができないことを言わないようにしている人もいます。その人に合わせて関わるのが良いと思います。
「お互いが感謝しあえる社会」を目指して
–心地よい働き方を実現している川嶋さんにとって、「インクルーシブな社会」とは?
理想は、障害の有無・年齢・性別・人種など多様なバックグラウンドの人がいる状況が「当たり前」だと皆が感じ、お互いを認め、支えあっていける社会です。
また、周囲の人が障害者をサポートするだけでなく、障害者自身も、誰かが困っていたら可能な範囲で支えることが大切だと思います。壁をなくし、お互いを支えあっていくことで、障害者の個性や能力を発揮しやすい社会にしたいです。
–そのために、私たちができることは?
健常者には、より多くの人に、障害のある人の状況や手助けの仕組みや方法を知ってもらえたらいいですね。学校や職場で、マインドを変えるような教育の機会が増えるといいと思います。ただ、障害者側も「サポートされて当たり前」という姿勢ではなく、手伝ってもらったら「ありがとう」と言えるようになることが大切です。そういったことを伝えるような教育の増加にも期待しています。誰もが躊躇なく手助けをし、お互いに感謝しあえる社会にしていきたいです。
お互いの存在を「当たり前」に受け入れ、助け合い、感謝し合う。川嶋が語る職場の居心地の良さの理由は、この考えをチームメンバー全員が持っているからではないだろうか。これから、多様なメンバーで働く機会はますます増えていくだろう。インタビューの終わりに受け取った言葉は、皆が心地よく生きられる職場、そして社会づくりの大きなヒントとなるだろう。