ペイシェント 働き盛り世代が知っておくべき慢性腎臓病治療の現場とは?

働き盛り世代が知っておくべき慢性腎臓病治療の現場とは? 働き盛り世代が知っておくべき慢性腎臓病治療の現場とは?

“黙して語らない”沈黙の臓器、腎臓は悪化するまで痛みなどの自覚症状はほとんどない。だが、一度悪化すると完治は不可能、悪化した腎臓を元に戻す薬はなく、現在、成人の8人に1人が何らかの慢性腎臓病(CKD=chronic kidney disease)を抱えている。腎臓病はSDGs目標3「すべての人に健康と福祉を」の実現への妨げになっている病気なのだ。

しかし、慢性腎臓病(CKD)になってしまった場合も、治療や患者の日々の取り組みにより、QOL(生活の質)を維持・向上させることはできる。東京慈恵会医科大学腎臓・高血圧内科助教 福井亮医師へのインタビューの後編では、慢性腎臓病(CKD)の治療法、病気との付き合い方等を詳しく聞いた。

透析患者のQOL(生活の質)の維持向上も腎臓内科医の役目

血液をろ過して尿にするネフロンは、左右の腎臓に合計約200万個あるが、失われたネフロンは再生しない。慢性腎臓病(CKD)のうち約7割は、糖尿病や高血圧等の生活習慣病が原因である。末期の腎不全に陥り、透析にならないよう腎臓の悪化を遅らせるのが慢性腎臓病(CKD)の治療だ。

しかし、時には今すぐ透析が必要な人が、外来に飛び込んでくる例もある。そんな人には命が助かる道は透析しかないという説明をする。

「透析をすれば尿毒症の体から毒素が抜け、余計な水分も抜けます。『透析をやって、息苦しさやだるさがずいぶん楽になりました』という言葉を患者さんから聞くと、安心しますね。

透析にならないよう医師も患者さんも頑張ります。もちろん、週に3回、4時間ほど、拘束を余儀なくされる透析は大変だと思います。しかし―」

福井先生は語尾を強め、言葉を続ける。

「透析の患者さんのQOL(生活の質)の維持向上も、腎臓内科医の大きな役目です。透析患者さんの合併症を予防して、元気に過ごして頂く時間を延ばすことが重要なのです」

腎移植が最良の方法ではあるが…

前回登場した東京女子医科大医学部教授の内田啓子先生は、月額1万円ほどの医療費を含め、日本の透析は世界一と賞したが、福井先生もその点は大きく頷く。

「それだけではありません。例えば、腎臓病の患者は造血ホルモンが不足するので、貧血になりますが、2000年に入って造血ホルモン剤が使用可能になりました。この薬を注射することで貧血が改善し、透析患者さんのQOLを大きく向上させています」

透析患者のうち血液透析が約97%と多いが、腹膜透析という方法もある。腹腔内に1日に数回透析液を出し入れする方法で、自宅で透析が可能なため通院が不要であるなど、QOLの維持向上に役立つケースも多い。

患者には血液透析や腹膜透析について、詳しく説明するが、患者のQOLを最優先する福井先生は腎移植が最良だと考えている。

「腎移植をすれば、週3回の透析に行く必要はなくなるし、食事制限もほぼなくなります。医療費も透析より安くなる。飲み続けなければならない免疫抑制剤も進歩していますし、デメリットはあまりないのですが」そう語る先生も、前置きとして「腎臓の提供が受けられる患者さんなら」という大前提を言葉にする。

脳死からの臓器移植がまだ一般的でない日本の腎移植件数は年間2000件に満たず、欧米と比べるとはるかに少ない。そのほとんどは親族が腎臓を提供する生体腎移植である。透析患者の平均年齢が約70才という現実を踏まえると、患者の親からの提供は難しい。夫婦間でもかなりの高齢だ。移植にはドナーの健康状態が厳しく問われる。

腎移植を受ける患者に、先生は必ず「腎臓を大切に使って、いただいた方に恩返しをしてください」ということを、諭すように語りかけるという。

腎臓再生の研究も進む

現在は、国が作った腎疾患の対策を実践することにより、透析導入患者の減少を目指している福井先生だが、腎臓病治療のさらなる進歩を目指した研究に携わった経験もある。それは師事する教授の研究テーマであり、先生が腎臓内科を選んだモチベーションの一つでもあった。

「私は腎臓の再生研究に憧れまして。腎臓の再生は腎臓内科医が取り組むべき研究目標として、素晴らしいと思いました」

現在、世界中で腎臓再生の研究が進行中だ。慈恵医大の研究グループは、腎臓を構成するネフロンの再生に成功し、尿が産生されることも確認している。医療現場で再生腎臓が実用化されるのも、そう遠くないと先生たちは確信している。

科医に病気を治すことはできない、だが…

とはいえ現状では壊れたネフロンは再生しないので、慢性腎臓病(CKD)は患者との付き合いが長くなる。

「先生、昨夜はまた接待で深酒してしまって、すみません」
「まぁ、お酒は飲み過ぎなければいいですよ。それよりおつまみは塩分が多い」
「いかんなと思いつつ、好きなもんで、刺身についたっぷり醤油を掛けてしまって」
「ニンニクやショウガで食べられるおつまみはありませんか」
「そうだ、馬肉なんかいいな」
「そうしてください」

外来の診療では限られた時間の中でも、生活習慣病の改善のためのそんな会話が、患者との間で日々、やり取りされている。

完治の望めない疾患に取り組むことに、医師として忸怩たる思いはないのか、そんないささか突っ込んだ問いに、「現段階で、壊れたネフロンの再生はできませんが、むしろこの分野は非常に薬に恵まれていますから」と、福井先生は応える。

血糖、血圧、コレステロール、尿酸等々、慢性腎臓病(CKD)の原因である生活習慣病に対応した薬は数え切れない。患者に応じて薬や治療法を考えるのは、腎臓内科の醍醐味でもある。また腎不全が進行し、透析をせざるを得ない患者には健康寿命を長く保つため、適切なタイミングで透析を導入することが、腎臓内科医の腕の見せどころだと先生は言う。

「働き盛りの方にわかっていただきたいのは、定期的な健診を怠らないこと。健診を受ければ糖尿病も高血圧も、すべての生活習慣病の早期発見が可能です。腎臓は血管の塊です。腎臓の健康を意識すれば生活習慣病はもちろん、腎臓と同じように血管が重要で、生命に直結する臓器である脳や心臓にとってもいい。健康で長生きができる。

最初にお話をしましたが、腎臓は“肝腎要”の臓器なんです」

そして最後に、福井先生はこうつぶやいた。

「内科医は病気のコントロールはできても、治すことはできない。病気が改善するかどうかは、ご本人の体力と努力次第で。私は常に患者さんを信じているんです」

東京慈恵会医科大学 腎臓・高血圧内科 助教
福井 亮
2000年、東京慈恵会医科大学医学部卒業。2009年、東京慈恵会医科大学大学院医学研究科博士課程修了。2015~18年、厚生労働省健康局難病対策課およびがん・疾病対策課に出向、腎疾患対策、難病対策、慢性疼痛対策に従事する。2018年7月から東京慈恵会医科大学 腎臓・高血圧内科 助教。2019年、研究支援課 URA(リサーチ・ アドミニストレーター)併任。日本腎臓病協会 慢性腎臓病対策部会 東京ブロック副代表も務める。

文/根岸康雄 撮影/高仲建次

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