ペイシェント当事者じゃなくても。希少・難治性疾患との 「自分なりの」関わり方 後編

シリーズ企画:難病・希少疾患 シリーズ企画:難病・希少疾患

ひょんなきっかけから希少・難治性疾患の「再発性多発軟骨炎(RP)」の患者さんと知り合った、永松 勝利さん。その後、患者でも家族でもないものの、患者会の代表を務めている。前編では、当事者ではない立場の永松さんのこれまでの歩みと学びを聞いた。後編では、協和キリン宇部工場で働く宮部 潤一、林 亜美が、同じく当事者ではない立場から患者さんを支える際の心構えや不安を永松さんに相談し、アドバイスをもらった。

出演者プロフィール

ゲスト

再発性多発軟骨炎(RP)患者会代表
永松勝利(ながまつ かつとし)

1964年 福岡県生まれ。2008年より再発性多発軟骨炎(RP)の支援に関わり、2012年から患者会の代表を務める。難病NET.RDing福岡とNPO法人Coco音(ここっと)の事務局長の顔も持つ。普段の仕事はボイラーのメンテナンス業務。趣味はウォーキングと落語で、患者会で自作の落語を披露した経験もある。

出席者

協和キリン株式会社 宇部工場 製造部 製造技術課
宮部 潤一(みやべ じゅんいち)

1988年の入社以来、複数の拠点で経口固形製剤の製造に係わる業務を担当。現在は宇部工場で生産品目の新製品の立ち上げ、工程の改善、トラブル対応等をおこなっている。

協和キリン株式会社 宇部品質ユニット品質管理部1課1係
林 亜美(はやし あみ)

2020年4月に入社。宇部工場では、主に製品の出荷試験と安定性試験を担当している。

私たちらしいPA活動って?

協和キリンでは、本社関連部門と各事業場が定期的にミーティングをおこないながら、ペイシェントアドボカシー(PA)活動を進めている。山口県にある宇部工場では昨年、PA活動の活性化を目指して、同工場で働く200人以上にアンケート調査を実施。すると、「患者さんと接したことがない」と回答した人が約6割だった。また、「患者さんの声を聞く場を増やしたい」と答えた人も約6割いた。この結果を踏まえて、宇部工場らしいPA活動を目指し、担当者を中心に企画に取り組んでいる。

画像:さまざまなエンジニアリング技術を使いながら、品質と生産性の高さを追求している宇部工場
  • ペイシェントアドボカシー

患者および医師コミュニティとの対話と連携により、社会の疾患に関する正しい理解を促進するという考え方。事業のバリューチェーン全体を通じて未充足の医療ニーズの解決に取り組み、病気と向き合う人々に笑顔をもたらす活動は、「PA活動」と呼ばれている。

自分ごと化のカギは「想像」すること

画像:オンラインでのラウンドテーブルディスカッション風景

宮部 潤一(以下、宮部)私は、日頃から妥協せずに100%の力で取り組むことを心掛けています。そのきっかけになったのは、25年以上前、友人や知人の子どものお見舞いのために、難病の子どもたちが治療を受けている病院を訪れたことです。この時に患者さんの日常生活を見聞きしたことで、薬を作る立場としての「患者さんへの責任の大きさ」を改めて感じました。ただ、この工場でのアンケート結果を見ると、医薬品と患者さんのつながりをあまり意識していない人も多くいました。そこを打開するには、患者さんの立場に身を置いて考えてみる「自分ごと化」が重要だと思うのですが、どうすればよいでしょうか?

永松 勝利(以下、永松)「自分ごと化」は、私がこれまで一番苦労したことです。縁があって患者会の代表になったばかりの頃、私は、難病の患者さんの苦しみを理解しようと、何十人もの患者さんに話を聞きに行き、時には「薬を試しに飲んでみたい」というお願いまでしていました。でも、やればやるほど「そんなおこがましいことはできない」と自覚しました。病気にならないかぎり、私がその人の痛みを自分のことのように理解するのは無理だと悟ったのです。

その時、私は2つの大切なことに気づきました。ひとつは開き直ること、もうひとつは想像することです。患者さんと全く同じ痛みを感じるのは不可能ですが、想像力を働かせて、自分のこれまでの病気や骨折などのケガの痛みや苦しみを思い出し、どんな不便を感じているのかを思い描こうとすることはできます。想像する癖をつけると、患者さんの感情に寄り添いながら話を聴くことができ「分かってもらえた」と喜ばれます。まずは患者さんとの縁を大切にし、想像力を働かせながら交流してみてください。

安心して「不安」を抱える

画像:オンラインでのラウンドテーブルディスカッション風景

林 亜美(以下、林)アンケートでは、製薬会社という立場上、薬の開発や普及の面で患者さんから期待されていると思っている人が多かったです。中には深く考えすぎて「患者さんの期待に応えられないのでは」という不安を持っている人もいました。私自身は今回の機会を通じてPA活動を深く理解したところで、これから具体的な行動を進めていく段階ですが、今後、不安を持つかもしれません。不安との向き合い方を教えてください。

永松その不安は、私も常に持っています。実際、患者さんから医学的な質問を受け、大学病院の先生に聞くなどの努力をしても、期待どおりの回答を得られない時もあり「患者会として、期待に応えられなかった」と感じる時もあります。

ただ、患者さんが求めていることは治療での困りごとの解決だけではありません。「治療で困っている」という話をされると、解決法を導き出さなければと思いがちですが、実は、困っていることを「何とかしてもらいたい」というより「誰かに聞いてもらいたい」という気持ちが大きい時のほうが多いのです。私はよく、2時間くらい患者さんの話を聴くのですが、耳を傾けて聴くだけで、その方の悩む気持ちが半分以上、軽くなっていると感じます。

安心して不安を抱えながら、一歩、勇気を出して「患者さんの話を聴く」というところからやってみてください。

等身大の患者さんの、活躍の場を作りたい

画像:永松さんと一緒に活動をする難聴患者さんの山本さんと。

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宮部「話を聴く」ことは私が一番体験したいことなので、多くの機会があればいいな、と思っています。ただ、宇部工場全体では、製造に追われてPA関連の講演会などに参加する時間がとれない現状もあります。しかし、みんなで参加しやすい風土が醸成できればと思っています。永松さんたちがおこなっている「難病カフェ」のような取り組みはすばらしく、とても参考になります。このような状況ですが、今後私たちは製薬会社という立場を生かし、どんなことができるでしょうか?

永松製薬会社のみなさんに提案したいのは、私たちと同じような生活を送っている、等身大の患者さんに、講演の機会とスピーカーになるための教育の場を提供することです。困難と向き合い、工夫や知恵、勇気を身につけてきた患者さんは、出会った相手を変える力を持っています。すでに講演会で生計を立てている方もいますが、そうではなく、まだ講演会をしたことがない患者さんに声をかけ、活躍の場を与えたいのです。製薬会社にとっては患者さんの生の声を聴く場ですが、患者さんにとっては「病気になっても無駄ではなかったな」と思える場となり、生き生きと治療に臨むきっかけになると思います。

林 亜美(以下、林) 「病気と向き合う人々の今を知るセミナー」に出席すると、自分の仕事が役に立っていると実感し、「私も頑張ろう」という風に思えます。こういったセミナーは、患者さんにとっても私たちにとっても得るものがあるWin-Winの関係だと思うので、積極的に参加していきたいです。また、「話を聴くだけで患者さんのためになれる」と聞いて、まず私が個人としてできるのはそこだな、と強く感じました。宇部工場のPA関連のイベントにも積極的に取り組んでいきたいと思います。今日はありがとうございました。

関係者の声
ラウンドテーブルディスカッションに同席した関係者からは、こんな声が寄せられた。

お話を伺い、私が担当として工場の皆さんに、行動のきっかけとなる種を蒔く重要性をあらためて感じ、より一層活動を活性化したいと思いました。等身大の患者さんのお話を聞く場もぜひ持ちたいです。(宇部工場総務部 PA担当:佐藤芙由子)
永松さんが飾らない雰囲気でアドバイスをくださり、気が楽になりました。今回の記事を社内に広め、縁を大切にしながらPA活動を進めていきたいです。(宇部工場製造部 製造部長:田中 秀幸)

「縁を大切に、まずは話を聞いてみよう」という永松さんのメッセージを受け、ラウンドテーブルディスカッションの場は「できることからやろう!」という前向きな空気に包まれた。今、医薬品の研究・開発の分野で、患者さんの視点を生かす「ペイシェント・エンゲージメント」(患者参画)が本格化している。製造現場の人々も患者さんに関わることで、より患者さんを中心においたあり方が実現されていくことだろう。今後のPA活動への期待が高まる。

  • 当社従業員の所属は取材当時のものです。

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