ペイシェント「障害」はどこにある?インクルーシブな社会に向け視覚障害者の日常を体感するイベントを開催

製薬企業4社(武田薬品工業、第一三共、参天製薬、協和キリン)が協働し、患者さんやそのご家族と直接対話を通じて真のニーズを知るための取り組み「Healthcare Café」。その第3回が2023年1月20日参天製薬株式会社により主催された。

インクルーシブな社会・企業活動の在り方への気づきを得ることを目的とした本イベントでは、参天製薬の従業員であり、視覚障害を持つ2名が登壇。自身の経験とともに、社会や企業における課題感を共有した。今回はそのイベントの様子をレポートする。

「Healthcare Café」(ヘルスケアカフェ)とは

病気や障害を持つ患者さんなどの当事者と製薬企業の従業員が対話・交流を通じてお互いを知ることで、当事者の視点・ニーズを医薬品の研究および開発に活かすことを目的とする交流イベント。毎回担当となる製薬会社が、疾患やテーマを決定する。

出演者プロフィール

葭原滋男(よしはら しげお)

参天製薬株式会社 基本理念・サステナビリティ本部 CSV・ピープルセントリシティ推進担当 /パラリンピアン

1962年生まれ。埼玉県出身。10歳のとき網膜色素変性症※1の診断を受け、その後全盲となる。都庁職員時代に、走り高跳び、自転車競技で過去4度のパラリンピックに出場し、金・銀・銅メダルを獲得。ブラインドサッカー日本代表の選出経験も併せ持つ。現在は、視覚障害者の社会課題解決に向けた講演活動などに取り組む。2019年より現職。

  1. ※1網膜色素変性とは、目の内側に存在し光を感知する役割を持つ網膜に異常が表れる遺伝性・進行性の疾患。特徴的な症状に夜盲(やもう)、視野狭窄、視力の低下などがある。 (参考:難病情報センターホームページ別ウィンドウで開きます

モハメド アブディン

参天製薬株式会社 基本理念・サステナビリティ本部、CSV・ピープルセントリシティ推進スペシャリスト/特定非営利法人スーダン障害者教育支援の会 代表理事/エッセイスト

1978年スーダン生まれ。網膜色素変性症により幼少時より徐々に視力が低下、12歳の時に読み書きができなくなる。1998年に来日し、東京外国語大学特任教授、東洋大学国際共生社会研究センター客員研究員などを歴任。2020年より現職。著書に『我が盲想』(ポプラ社)、『日本人とにらめっこ』(白水社)がある。

「こんにちは」と一声かける勇気を

画像:葭原氏

葭原(よしはら)氏が網膜色素変性症の診断を受けたのは10歳の時。症状は徐々に進み、22歳の時に障害者手帳を取得、40歳を過ぎた辺りからは、白杖を使用して生活を送る。50歳を過ぎた頃から、近くの文字を読むのも難しくなり、現在の視力は、蛍光灯や窓からの自然光を感じることができる程度だ。

障害が分かった時「私が悪かった、ごめんなさい」と涙を流した母。「自分はかわいそうな存在になってしまうのか」と心が痛んだ。見えなくても工夫次第でこれまでと同じ生活はできる。“かわいそうな障害像”を壊して、憧れられるような存在になると決めた。

視覚障害者として示されたルートを進みたくはない気持ちから、一般職員として東京都庁に入職、さまざまな業務と並行して、競技活動にも精力的に取り組んだ。50歳を過ぎた頃「自分にしかできない仕事」をするため都庁を退職。以来、視覚障害者の可能性を広げるための活動を主軸としている。

イベント冒頭、葭原氏は「これまで、街で視覚障害者を見かけたこと、また声をかけてサポートした経験はありますか?」と質問を投げかけた。会場やオンライン参加者からは「見かけたことはあるが、どう声をかけていいかわからず、見守っていた」「そもそも困っているのかどうか分からず、通り過ぎてしまう」などの声が聞かれた。

葭原氏は「気になってはいるけれど、行動に移す勇気が出ないというお話をよく聞く。確かに(視覚障害者)本人が困っているかどうかは、見かけでは分からない。そんな時はぜひ『こんにちは』と一声かけていただきたい。その一声さえあれば、ここに誰かがいることが分かり、サポートをお願いするきっかけになる。ぜひみなさんも自らきっかけ作りを」と語った。

障害は個人ではなく環境の方に

その後、テーマは「視覚障害者が働くこと」に移った。葭原氏によると、視覚障害者が仕事をする上での障害は、大きく3つに分けられるという。視覚的情報が得られないことによる「情報障害」、慣れない場所などで安全な移動が困難になる「移動障害」そして、適切な居場所が作られないことによる「安心障害」である。

「企業に雇用をされたとしても、実際には仕事がないケースも少なからずあると聞きます。会社も出勤して、座っておいてもらえれば大丈夫だよと。障害者雇用率を上げるための対策としてしか、障害者雇用を考えていない。当事者は存在意義を疑い、不安な中で過ごすこととなる」(葭原氏)

まずは当事者と関わって知ること。その上で何ができるか、どんなところに課題があるか、お互いに話し合いながら検討し改善を積み重ねる――視覚障害者が安心して業務に取り組むための仕組み作りが必要だ。

画像:アブディン氏

続けてアブディン氏は「視覚障害者だから、そもそも働けないのでは?」という偏見(バイアス)が、当事者の自立を阻むケースがあることを自身の経験を交えながら指摘する。

「住宅ローンを組む際に団体信用生命保険を組めない、あるいは障害のない人では求められることのない連帯保証人を求められることが多い。私も何度もそれを経験している。また信用条件をクリアしていても、家の賃貸契約を断られたことも何度もある。その背景にあるのは、やはり『目が見えない=働けない』というバイアス。これは、当事者にとっても社会にとっても大きな損失でありマインドセットを改めるべきこと」(アブディン氏)

葭原氏は「障害というのは、個人ではなくその人に何かをできなくさせている環境の方にあるという考え方がある。マイノリティの視点を持った研究・開発が、結果的に全ての人にとって、価値の高い製品の提供に繋がると期待している」と講演を締めくくった。

当事者の視点を持った研究開発へ

画像:参加者からの質問に応える本田氏(左から2番目)

講演後には、ある参加者から「葭原さん、アブディンさんが働き始めたことで、社内で変わったことはあるか」との質問が飛び、登壇者2名と進行を務める参天製薬眼科イノベーションセンター本田氏の3名が、それぞれ意見や感想を述べた。

「例えばリモート会議の際、周りの人たちが進んで、『このプレゼン資料で私たち(視覚障害者)がスムーズに理解できるか?』と考え改善するようになった。日常業務に自然に当事者視点を取り入れられるようになったことは、大きな進歩だと思う」(葭原氏)

「社内システムはすごく変わったと感じる。私たちの使いやすさを考えて、システムをカスタマイズしてくれたものもある。システムの改変が難しければ、同僚に画面を共有して、読み上げてもらうなどのコストの掛からないやり方もできる。すぐにとは言わないが、次の社内システムを導入する際は、視覚障害者の視点に立った要件定義をしてもらえるとありがたい」(アブディン氏)

「やはり、当事者と話をしたり一緒に仕事をしてみないと働く上での課題は見えてこないと痛感している。例えば、メールを送るとき。これまでの感覚では、相手が読みやすいようなレイアウトを心がけていたが、2人に連絡するときは、それが音声として聴きやすいかという視点に変わる。

メールを送る前にPCの音声読み上げ機能を使い確認をしてみると、見た目上は問題がなくても、漢字が変に読まれるだとか、区切りがなく読み上げられてしまい理解ができないケースがある。これは、2人と働かなかったら気づけなかったことのひとつ。

医薬品をつくる過程でも同じことが言えると思う。真のニーズはいつも当事者側にあり、それは私たちには想像もつかないようなところにある。2人とともに働き、当事者の視点を持った医薬品の研究開発に当事者との関わりが不可欠であることに改めて気付かされた。」(本田氏)

なお、参天製薬では(限定した部署に所属する)当事者たちの存在を知り、相互理解を深めるための研修がグローバルを含むすべての従業員を対象に毎年実施されている。研修は、オンサイト・オンライン・eラーニングの形態で、多言語対応で実施され、当事者とともに働く意識を高める素地となっている。

協和キリンからもさまざまな意見・感想が

画像:感想共有会のイメージ

講演後、オンラインで視聴した協和キリンの従業員はそれぞれの事業場でさらに議論を深める「感想共有会」を開催している。「感想共有会」ではバックグラウンドの異なる従業員が交流し意見を交わすことで、新たな気づきを促すこともねらいのひとつとなっている。参加者からは次のような意見・感想が挙がった。

「視覚障害者の中でも点字を読める方は限られており、点字がわかることで視覚障害の方とコミュニケーションが取れると考えていたのは勝手な思い込みであったことに気がついた」

「当事者が何を望んでいるのか、何に困っていて、どんな介助を必要としているのか、またはその必要がないのかは、本人に直接聞いてみなければ分からないこと。その前段階として、声をかけてみるというコミュニケーションの重要性を感じた」

「視覚障害に配慮した社内システムの整備について、設計・検討の段階から障害を持つ方を含めた多様な背景を持つ方の視点を入れることの重要性を感じた。そのプロセスは創薬研究に通じるものもあるように思う」

「セミナーを通じ『障害』は個人にあるのではなく、それをできなくさせている周囲の環境の方にあるという話が印象に残った。設備や仕事の進め方など、様々な視点から考え工夫することが必要だ」

「アンメット・メディカルニーズ(いまだに治療法が見つかっていない疾患に対する医療ニーズ)を拾うという意味で患者さんの声を聴くことの大切さを学んだ。デバイスの発展等、解決方法は薬に限らず多様にあることを理解した。患者さんの声は、課題に対する解決方法を知り、考えるための起点となる」

「製薬会社の一員として、患者さんの笑顔のために働きたいという気持ちを持っていても、部署によっては患者さんを身近に感じる機会がどうしても少ない。日々の業務において『患者さんの笑顔に繋がる仕事をしているんだ』と常に振り返り、患者さんの声からしか得ることができないニーズの重要性について理解を深めるためには、継続して患者さんの声を聴ける機会を作ることが重要。そのための体制整備を急ぎたい」

視覚障害から、インクルーシブな社会への気づきを得ようとする本イベントは、活発な質問が飛び交う中幕を閉じた。

2023年6月には、第4回目となる「Healthcare Café」が協和キリン株式会社の主催で実施された。

第4回「Healthcare Café」小児医療を考える ~患者さん・家族や社会にとって価値が大きい薬を共に創薬する第一歩を踏み出すために~

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