ペイシェント 【解説記事】医療格差とは

医療格差とは、医療機関を受診する機会、医療の量や質など、医療サービスを受ける人が直面するあらゆる格差のことです。この記事では、医療格差問題の世界の現状と原因、解決に向けた取り組みを解説します。
医療格差の現状

医療格差は、世界各地で生じています。ここでは、世界の現状を見ていきます。
最貧地域では、医療格差が顕著にみられる
最貧地域の医療格差で特に問題となっているのが、感染症の蔓延、妊産婦の死亡率の高さ、子どもの死亡率の高さです。それぞれの実態を解説します。
感染症の蔓延
医療格差により多くの人が予防接種を受けられないために、感染症が蔓延しやすい環境となっています。ユニセフ(国連児童基金)の報告書※2によると、ワクチンで予防できるはしかやポリオなどの病気の集団感染が起きた国の大部分が、アフリカの国々です。
妊産婦の死亡率が高い
ユニセフら国連機関が発表した、妊産婦死亡率の傾向に関する報告書※3によると、妊産婦死亡の多くは世界の最貧地域と紛争の影響を受けた国々に、ほぼ集中しています。2020年には、全妊産婦死亡の約70%がサハラ以南のアフリカで起きています。原因として、先進国では当たり前のように受けられる医師立ち合いによる出産や産後ケアが十分でないことなどが挙げられます。
子どもの死亡率が高い
ユニセフの発表※4によると2022年時点で、年間490万人の子どもが5歳未満で死亡しています。死因は肺炎、マラリア、下痢が多く、これら3つの要因を合わせると、5歳未満児の死亡原因の約3割を占めています。地域別でみると57%が、サハラ以南のアフリカの子どもです。
地域・所得による格差も大きいです。2022年時点で、高所得国の5歳未満児死亡率は平均で出生1,000人当たり4.8人であるのに比べ、低所得国では平均で出生1,000人当たり65人と13倍以上高いです。
生後28日以内の新生児の死亡率の高さも顕著で、2022年時点で生後28日以内に命を落とす新生児は年間230万人おり、適切な産後ケアが受けられないことが原因の一つとなっています。
- ※2ユニセフ『要約 世界子供白書2023
』P20
- ※3World Health Organization「Trends in maternal mortality 2000 to 2020: estimates by WHO, UNICEF, UNFPA, World Bank Group and UNDESA/Population Division
」
- ※4ユニセフ「ユニセフの主な活動分野|保健|unicef
」
高所得国でも医療格差が深刻化
高所得国においても、日本のように公的皆保険制度を取り入れている国と、取り入れていない国があります。公的皆保険制度のない国では自分で保険を手配しなければならないため、医療格差が広がりやすいです。例えば米国には、公的医療保険として65歳以上や障害年金受給者などを対象にした「メディケア」、子どもがいるなど一定の要件を満たす低所得者を対象にした「メディケイド」があります。しかし、公的医療保険の範囲は限定的です。公的医療保険の対象ではない場合は会社の民間保険に入るか、自分で選んだ民間保険に入らなければ、医療サービスを利用する際、高額な医療負担が待っています。保険に入った場合も、保険会社による負担の割合や範囲はそれぞれ異なるため、受けられる医療の質が異なります。
一方で、日本のような公的皆保険制度のある国でも、貧富の差による医療格差はあります。貧困層では、家族の経済的負担を伴う「任意接種」を子どもに受けさせる事のできない割合が高い、医療費の自己負担金を支払えないために医療機関の受診を控える、といった事例が見られ※5、こうした課題への取り組みが求められています。
ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)に基づいた取り組み

世界のさまざまな国で起きている医療格差の解決に向けて必要なこととして、SDGs目標3「すべての人に健康と福祉を」では、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の達成が掲げられています。UHCとは、すべての人が適切な健康サービスを負担可能な費用で受けられることを指します。以下で、UHC実現のための取り組みを紹介します。
物理的アクセスの改善
UHC実現のためにはまず、医療への物理的アクセスの整備が求められます。物理的アクセスの改善の課題としては、医療施設が近隣にないこと、必要な医薬品、医療器材がないこと、医師や看護師がいないことが挙げられます。これらの課題解決のために、特に医療アクセスが低い農村部を中心とした医療機関の整備、医薬品や医療器材の提供、医療従事者の育成、派遣などが、世界各地で行われています。
経済的アクセスの改善
UHC達成には自己の負担できる範囲で適切な医療を受けるための経済的アクセスの改善も欠かせません。改善のために高額な自己負担なく医療を受けられるための仕組みの整備、医療機関受診に伴う交通費の問題の解決、病気による経済的困窮の防止策などが取り組みとして行われています。
社会慣習的アクセスの改善
UHC達成のためには、社会慣習的アクセスの改善も求められます。以下の3つが主な課題として挙げられており、取り組みが行われています。
①サービスの重要性、必要性を知らない
医療格差と教育格差には深いつながりがあります。適切な教育を受けていないと、健康維持のための生活習慣や食事、病気の予防について分からないままになってしまうからです。健康についての知識が乏しいと、必要に応じた医療が受けられず、結果として重症化するおそれもあります。誰もが医療に関する教育にアクセスできるように、医療の必要性を理解してもらうための取り組みが行われています。
②家族の許可が得られない
高額な治療費の支払いなどを理由に、家族が医療サービスを受けることを拒否するケースもあります。改善のためには、家族から理解を得られるよう医療の重要性を広く認知させていく必要があります。
③言葉が通じない
言語が異なる国や地域などでは、言葉が通じないことで医療を受けない選択をする人も多いです。特に、言葉の壁が顕著な地域では、誰もが自分の話す言語で医師に診察してもらえるような環境を整備することが求められます。
まとめ
医療格差は、医療サービスを受ける人の間で存在する、あらゆる格差です。SDGsの目標3の中に、誰もが負担可能な費用で適切な医療サービスを受けられるようにするUHCの目標が含まれていますが、達成にはほど遠い状況です※6。世界、そして日本でも起きている医療格差を是正していくことは、今後の重要な課題です。