ペイシェント患者さんと共に創薬する未来へ――企業や分野の枠を超えた新しい“対話”への試み

医薬品開発における積極的な患者さんの参画を促すペイシェントエンゲージメントを推進する取り組みとして2022年に製薬企業4社(武田薬品工業、第一三共、参天製薬、協和キリン)が協働して立ち上げたHealthcare Café(ヘルスケアカフェ)プロジェクト。その第4回が2023年6月14日(水)協和キリン主催により、同社の東京リサーチパークにて開催された。

4回目となる今回のテーマは「小児医療 医療的ケアを必要とする児童とその家族」。イベントは二部構成となり、第1部では医師が医療的ケア児※1と家族の置かれる現状について講演を行った。その後、製薬会社従業員が医療的ケア児を持つ家庭に訪問した際の記録映像が投影され、当事者家族から日常の様子や、治療の過程を時間軸で表現したペイシェントジャーニーが共有された。

続く第2部では、意見交換会が実施され出席者からはこれまで知ることのなかった医療的ケア児とその家族の現実に多くの感想と質問が寄せられた。

活発な意見交換とともに幕引きを迎えた本イベント。中でも特筆すべきは、製薬企業4社の研究員が実際に医療的ケア児を持つ家庭を訪問したことである。現在の製薬業界ではペイシェントセントリシティ(患者中心の医療)の潮流があり、以前に比べ患者さんと製薬企業の従業員による交流が少しずつ増えている。しかし、直接患者さんの自宅を訪問することは極めて稀である。

今回は本イベントに際し、家庭訪問を実施した経緯と製薬企業が患者さんとそのご家族の日常生活を知る意義についてイベント企画担当者に話を聞いた。

  • ※1医療的ケア児とは、医学の進歩を背景として、NICU(新生児特定集中治療室)等に長期入院した後、引き続き人工呼吸器や胃ろう等を使用し、たんの吸引や経管栄養などの医療的ケアが日常的に必要な児童のこと。(厚生労働省ホームページ;医療的ケア児等とその家族に対する支援施策別ウィンドウで開きます 最終アクセス日;2023年12月1日)

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出演者プロフィール(取材当時)

齋藤 裕美(さいとう ひろみ)
協和キリン株式会社 研究開発本部 クリニカルサイエンス部

20年以上新薬開発業務に従事。研究開発本部におけるペイシェントアドボカシー活動を立ち上げ、リーダーを務める。今回のHealthcare Caféでも企画を牽引し、司会進行を務めた。

高岡 茂樹(たかおか しげき)
協和キリン株式会社 研究開発本部 分子解析センター 分子解析2G 兼 東京リサーチパーク 研究推進G

長年、創薬技術研究に従事し、現在は探索段階の医薬品フォーマットの分子解析と研究領域におけるペイシェントアドボカシー活動を担当。

江田 純子(えだ じゅんこ)
協和キリン株式会社 研究開発本部 臨床開発センター

20年以上新薬開発業務に従事。ペイシェントアドボカシー活動のマインド醸成担当。医療的ケア児の母。

当事者のリアルにこそ、UMN※2把握の手がかりがある

  • ※2アンメット・メディカルニーズ(Unmet Medical Needs)とは、未だ満たされていない医療ニーズのこと
画像:当日の司会進行を務めた協和キリン株式会社 研究開発本部 齋藤 裕美氏

–第4回「Healthcare Café」の開催にあたり、医療的ケア児をもつ家庭への訪問を実施した経緯について教えてください。

齋藤イベントのテーマをUMNの高い「小児医療」とすることを決めた際に、その現状を知るためにはどうしたらいいのかを考え、最善のコミュニケーション手法として導かれたのが実際にご家庭に訪問することでした。

これまでも製薬会社は患者さんの情報収集に努めてきましたが、それは医療従事者からの情報や文献、学会情報によるところがほとんどでした。私たちは、製薬企業4社が集まるこの機会にぜひ患者さんやご家族と直接の対話を実現したいという思いがありました。当事者の口から出る日常にこそ、UMNの把握につながる手がかりがあると考えていたためです。

しかしながら、気軽な外出が容易でない医療的ケア児を会議室へ呼ぶことはご本人やご家族の負担やリスクが大きすぎる。そこで、こちらから伺う家庭訪問を実施できないか模索してみることにしたのです。

–実際の家庭訪問はどのような形で実現したのでしょう。

画像:第2部で講演する協和キリン株式会社 研究開発本部 江田 純子氏。医療的ケア児の母でもある。

江田患者さんとご家族のお気持ちや症状に十分に配慮し、コミュニケーションを円滑に行えるよう、医療的ケア児のご家族と信頼関係を築かれているNPO法人に仲介を依頼し、四家族をご紹介いただきました。

製薬会社側からは一企業あたり4名、合計16名を4つのグループに振り分けて、各グループで一家族を訪問させていただく形としました。事前交流の場として、まず自己紹介を含めお互いを知るためのオンラインの座談会を開催した後に、家庭訪問当日を迎えました。

私たちが訪問することで、ご負担をお掛けすることにならないか、ネガティブな印象、結果を与えないか――実際に訪問するまでは、たくさんの不安がありました。しかし、訪問を受け入れてくださったご家族は皆、私たちを暖かく迎え入れてくださり、日々の暮らしや生活上の工夫や困りごとなどを率直に話してくださいました。

お子さんを囲んでお話をしたり、実際のケアグッズや福祉車両などを見せていただいたり、お家の中を案内して実際の生活を再現してくださったご家庭もあります。訪問は一時間を予定していましたが、どのグループも時間が足りず、二時間滞在したグループもあったほどです。私自身も同じ境遇の家族として、大変参考になりました。ご協力いただいたご家族の皆さまには、あらためて心より感謝申し上げます。

「私たちのことを知って欲しい。」強い願いに長期的な対話の枠組みの必要性を実感

画像:江田 純子氏(左)と協和キリン株式会社 研究開発本部 高岡 茂樹氏(右)

–実際に家庭訪問を行ってみて、どんな気づきがありましたか?

高岡こちらが大変そうだなと感じる作業でも、ご家族にとっては日々の医療的ケアはごく当たり前のものになっています。困りごとなどには逆に気がつきにくいのかもしれないと感じました。私たちとしては、そのような患者さんやご家族も気がついていない困りごとを対話によって引き出し、顕在化させ言語化しニーズとして拾っていく重要性を改めて感じました。

また、短時間の対話を一度実施しただけでは患者さんの真のニーズを知ることは非常に難しいことも実感しました。今後、対話を中長期的に継続していくための枠組みを構築する必要性を感じています。

–今回の訪問で印象に残っていることはありますか?

お母さんが、お子さんへ「(今回の家庭訪問が)何かの役に立つかもしれないんだよ?嬉しいね。凄いね」と語りかけていたことが印象的でした。また、今後より有効性の高い新薬が出た際に、薬の効果を最大限に引き出すため、日々のリハビリで体のコンディションを整えているというお話を伺ったときは、治療薬の開発が患者さんの希望につながっていることを実感しました。

今回の訪問で「私たちのことを知って欲しい」「(自分達の経験が)何かの役に立てると良い」というご家族のお気持ちを強く感じました。私たちは皆さまからいただいた声を、薬という形にして還元していく責務があると改めて実感した経験となりました。

家庭訪問を終えた製薬企業従業員からの声

画像:製薬企業4社(武田薬品工業、第一三共、参天製薬、協和キリン)の代表者がパネリストとなり発表を行った。

「患者さんやそのご家族が何に困っているか、何を求めているかを普段の業務の中で懸命に想像はしていたつもりでしたが、今回、実際にお会いしてみてそれが想像の域を出ていなかったことを実感しました。(中略)私たちは日々、誰のために働いているのか、改めて見つめ直すことができました」(Aさん)

「一人の親として、自分の経験を重ねて、ご家族の葛藤に思いを馳せる時間となりました。(中略)訪問を終え、グループメンバーとは製薬会社という枠を一度取り払って医療全体、そして社会全体としての課題をつかむことが重要なのではないかと話しました。一度の対話では難しいからこそ、今後は継続した対話を目指す体制づくりがより重要になると考えています」(Bさん)

「ご両親からの私たちに伝えたいという思いを強く感じ、この伝えたいことを形にしていかねばならないという使命を強く感じました。
これまでは、患者さんと対話する時には、ついつい疾患の名前から入って、それにはこんな症状があって。と連想してしまうのですが、同じ疾患であっても人によって色々なお困りごとがあり、ニーズにも大きな違いがあることが分かりました」(Cさん)

「製薬メーカーや行政が、安全性を考慮して行ったような変更(規格の変更など)が、実際の使用場面にはフィットしない部分があるということを改めて思い知りました」(Dさん)

患者さんと製薬会社がともにつくる「創薬の未来」

未来に向けたこれからの創薬の在り方

–最後に、「創薬の未来」に関して今後の展望を教えてください。

齋藤これまでも患者さんのニーズを把握するためにアンケートやヒアリング調査を実施してきましたが、今回初めて患者さんの生活の場に足を運んだことで、アンケートやヒアリング調査では引き出せない、ご自身も気がついていないインサイト(創薬をする上でのヒント)を発見できるという気づきを得られました。

家庭訪問という形にこだわらず、疾患当事者の方々と直接かつ継続的な対話の機会を設けることは、この先、製薬会社が患者さんを中心とした医療を考える際の一つの手段になっていくと考えています。

高岡今後も直接的な対話を継続していくことで、文献や学会の情報、医療従事者へのヒアリングでは得られない患者さんやご家族のインサイトが発見され、真に価値の高い医薬品の開発に寄与することを期待しています。

患者さんとそのご家族、製薬会社、医療従事者が同じ場で実感・共感しながら対話を重ね、ともに新しい薬を研究開発していく――それが未来に向けたこれからの創薬の在り方ではないでしょうか。

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