ペイシェント病気や障害をもちながら「生活者」として生きていくために。わたしたちができること(後編)

シリーズ企画:難病・希少疾患 シリーズ企画:難病・希少疾患

引き続き、日本難病・疾病団体協議会(JPA)代表理事の吉川祐一さんをお招きし、協和キリン株式会社の担当者とともに語らうRound Table Discussionの後編をお送りする。

今回も、吉川さんが運営している難病カフェ、JPA代表理事に就任して1年経って感じた課題と今後の展望、協和キリンの取り組み、難病、希少疾患の患者さんの就労、若い世代の方々へのメッセージなど、実り多い内容となった。吉川さんはかつて、「やんちゃ和尚」として知られる廣中邦充住職にこういわれたという。

「病気になっても病人になるなよ」

吉川さんが大切にしてきたというこの言葉は、病気や障害をもちながら「生活者」として生きていくための道標といえるだろう。そして、誰も取り残さない未来のために誰もが大切にしたい言葉である。

出演者プロフィール

ゲスト

一般社団法人 日本難病・疾病団体協議会(JPA)代表理事
吉川祐一(よしかわ ゆういち)

20歳過ぎに炎症性腸疾患(IBD)の一種であるクローン病を発症。就労を続けながら患者会、患者団体の活動に取り組んでいる。2011年からIBDネットワーク世話人を務め、茨城県炎症性腸疾患患者会(いばらきUCD CLUB)、同難病団体連絡協議会の運営にもかかわる。19年からJPA理事、副代表理事を歴任し、21年5月、現職就任。IBDネットワーク理事、茨城県難病団体連絡協議会監事、いばらきUCD CLUB会長、「難病カフェ アミーゴ」副代表などを兼務。

出席者

協和キリン株式会社 人事部 多様性・健康・組織開発グループ マネジャー
吉永 享史

協和キリン株式会社 コーポレートコミュニケーション部 PRグループ マネジャー
GIBBS好美

写真:協和キリン株式会社 吉永 享史(左)、GIBBS好美(右)

組織や疾患にとらわれない「難病カフェ」の魅力

–司会:吉川さんは、組織や疾患にとらわれない交流の場として「難病カフェ アミーゴ」を運営されています。開設された背景と動機についてお聞かせください。

吉川何年か前から難病カフェというムーブメントが起こり、全国各地で開設されています。「カフェ」といっても喫茶店のように常時開設しているわけではなく、月に1回、SNSなどで事前に告知し、公共施設の会議室などで開設しています。

難病や希少疾患の患者さんやご家族、難病対策に関心のある方が、通りすがりに立ち寄っておしゃべりをする、それだけのことで、特別な加盟の手続き等も要らないし会費も要りません。そういう気軽さに魅力を感じている方々が増えているのかなという印象があります。

画像:JPA代表理事 吉川祐一さん 取材風景

協和キリンGIBBS私が疑問だったのは、さまざまな疾患の方が来られると、ピアサポート的な要素が薄れるのではないかということです。それでも、難病カフェが増えているのはなぜだろうと思っていました。

吉川さんのお話をうかがって思ったのは、組織に属さず、疾患にもとらわれずに場を楽しむという感覚は、ソーシャルメディアの小さなコミュニティーで薄くつながる、細くつながる、ゆるくつながるという感覚に通ずるのではないかということです。

当社が情報サイトを企画して運営する上でも、こうした時代の変化、多様な価値観を受け止める必要があると感じました。

吉川難病カフェにいらした方々に感想をうかがうと、「正直に自分のことを話せた」という方が多いんです。疾患の種類は違っても、同世代の病気をもっているもの同士ということで共感し合えるということですね。

もう1つ感じるのは、医療やくすりのことは主治医の先生に聞いたり、ネットで調べたりすればわかるけど、「恋愛や結婚をどうやって成就させたらよいか」「就職するときは告知すべきなのか」といった生活上の悩みのほうが、患者さんにとってはむしろ切実なんだろうということです。

そういうことを相談し合えるのも、難病カフェの魅力の1つかなと思っています。

協和キリンGIBBSおっしゃるように、同じ疾患の患者さん同士だけでなく、同世代の患者さん同士で語らう場が必要なんですね。特に希少疾患の場合、患者会に参加しても同世代の患者さんがお互いに相談し合う機会は少ないかもしれません。そういう意味で、難病カフェの価値、存在意義があるのだろうと理解しました。

画像: 協和キリンGIBBS好美(左)と吉川祐一さん(右) オンラインでのディスカッション風景

たまたま居合わせた人々とよいカフェをつくる

協和キリン吉永吉川さんが若い頃に入院され、同世代の方々と同じ病室で過ごされたときのお話をうかがい、私自身もそんな時代があったなと懐かしく思い出しました。難病カフェは、それに代わるピアサポートの場なのだろうと思います。実際にはどんなスタッフが、どのように運営されているのでしょうか。

吉川運営は、多発性硬化症をおもちの女性とぼくの2人でやっています。彼女が代表で、ぼくは副代表というサブ的な役割です。2人で申し合わせているのは、まず「参加者がゼロでも、スタッフ同士の打ち合わせの時間になってもいいよね」ということです。実際、誰も来なかったことが1回ありました(笑)。

それと、あまり細かな準備や段取りはしません。特別なことがない限り事前申し込みもしませんので、当日までどんな方が来られるか、フタを開けてみるまでわからないんです。たまたま居合わせた方々の人となりを見ながら、そのときどきのもっともよいカフェをみんなでつくるというのが、ぼくたちのスタンスです。

画像:イメージです。

ただ、口下手な方やなかなか話すきっかけがつかめない方も、少なからずいらっしゃるんですね。ですから、なるべく手先や身体を動かすようなことをしながらお話しすることを心がけています。

季節のイベントに合わせて、たとえば9月だったら月見団子をつくって食べながらお話したり、12月だったら「今年の一文字」を筆で書いてもらったり、そんな作業をするなかで自然と皆さんの口や心が開いていくんですよ。

視線を外に向けて社会的な理解や認知を高める

–司会:JPAの代表理事に就任されて1年、どのような課題を感じられ、今後、どのように取り組んでいこうとお考えでしょうか。

吉川ぼくはJPAの理事になったのが3年前ですから、たった2年の経験で推されて代表理事に就任したわけです。もっとふさわしい方がいらしたと思うんですが、世代交代ということが意識されていて、一番若い理事だったぼくにお声がかかったということでした。

冒頭でJPAの加盟団体は96団体、構成員は17万人に上るとお話ししましたが、指定難病と認められ、特定医療費受給証を交付された方々はすでに100万人以上おられます。ですから17万人というのは、けっして多い人数とはいえません。まして、いまなお指定難病とされていない疾患も多く、医療費助成の対象となっていない方々もたくさんおられます。

一方、JPAに加盟する患者会、患者団体の多くは若い世代の方々の入会が伸び悩み、高齢化が問題になっています。難病、希少疾患は若年で発症するものが多く、こうした患者さんやご家族の声を国に届けて社会を変えていくためには、若い方々により多く参加していただく必要があります。

ぼくが代表理事に就任して最初に手掛けたのは、JPAのホームページを刷新して署名活動などを行いやすくするとともに、ネットやSNS、YouTubeなどを活用して積極的に情報発信することでした。

こうしたことを通じて迅速かつ有効に構成員同士の情報共有を図るとともに、患者会に入っておられない若い方々にその魅力を感じていただければと思っています。

画像:吉川祐一さん Youtubeとりすまチャンネル別ウィンドウで開きますに出演。(外部サイトに移動します)

同時に難しさも感じています。1つには、ご高齢の皆さんのなかにはこうした新しい情報技術に長けていない方もたくさんいらっしゃいますので、従来通り印刷物を郵送する必要があります。一方、若い世代の皆さんのなかには、組織に属して活動することに抵抗を感じる方々も少なくないようです。

こうした状況のもとで、JPAの理念である「病気や障害による社会の障壁をなくし、誰もが安心して暮らせる共生社会の実現」を目指すのは容易とはいえません。

患者会や患者団体は、お互いに助け合うというピアサポートが原点となっていることから、視線が内向きになりがちで外に向いていないというところがありました。JPAにもそういうところがあったと思います。しかし、難病や希少疾患の患者さんの問題は難病患者さんだけでは解決しないんですよね。

これからはもっと外に目を向け、製薬企業をはじめ支援してくださる方々とつながって、社会的な理解や認知を高めていく必要があると考えています。そして、ともによりよい社会を創っていくという雰囲気が醸成されていくことを願っています。

Pull型とPush型を組み合わせて情報発信

協和キリン GIBBSご指摘のような幅広い年齢層の方々に対する情報発信ということについては、当社も意識しております。希少疾患の情報サイトをつくりましたけど、それだけでは届かない患者さんもおられますので、従来のような印刷物も残しておかなければいけないと思っています。

今年から新たな試みとして電話相談にチャレンジしています。そこに週に数本は電話をいただいていますので、会話を好まれる方々もおられることを痛感しています。

社内では、このような疾患情報サイトによるアプローチをPull型と呼んでおり、多くの患者さんに閲覧していただく体制を整えるとともに、Push型のアプローチとしてオンラインセミナーを希少疾患に対しても進めていきたいと考えています。

このように多種多様な手段を使って、幅広い年齢層の方々に情報を届けていくことを意識した取り組みを始めています。

もう1つは、ほかの製薬企業さんとともに、様々な患者さんの声を聞いて医薬品の研究開発に生かしていくという取り組みを始めようとしてます。今後ともJPAの加盟団体の皆さまと手を取り合い、難病、希少疾患の患者さんとご家族の環境をよりよい方向に変えていく一助となれればと考えております。

協和キリン吉永吉川さんのお話をうかがって、いち患者として、患者会の在籍者として、製薬企業の一員として、とても心強く感じました。外に目を向けて積極的に情報を伝え、入手していくというのは吉川さんらしいキーワードだと思います。

一方、患者会に入れず、1人で悩んでいらっしゃる方々もたくさんおられます。こうした個々の患者さんへのアプローチについてはどのようにお考えでしょうか。

吉川JPAには個人会員という枠もあるのですが、積極的な勧誘をしているというわけではありません。また、加盟団体から個人に向けた勧誘をどのようにしていくかというのは、なかなか難しい問題だと思っています。

組織に加わることに抵抗をもっているという理由で入会しておられない方々に対して、いくら門戸を開いても入会はされないだろうと思うんですよね。ネットでの交流を好まれる方々には、そういう方々向けに別のサイトを立ち上げるなど別の方法を考える必要があると思います。

画像:吉川祐一さん(左) と協和キリン吉永 享史(右)オンラインでのディスカッション風景

–司会:疾患の認知度を向上させる上でどのような課題意識をお持ちでしょうか?

吉川一般の方々に向け、すべての疾患にわたって認知度を上げることは難しいと思います。ただ、患者さんにとって一番大事なことは、ご自身の病気について正しく知ることだと思います。

JPAが設立したときに示された、「患者会の3つの役割」の一番目に挙げられたのは「病気を正しく知る」ということです。ご自分がどんな病気にかかっていて、くすりを正しく服用する大切さや日常生活でどのような注意が必要かを知ることは患者さんにとってもっとも大切なことです。

それ以前に、ご自分の症状がどういう病気に関連していて、何科にかかればよいかわからないというところでつまずいている方も、たくさんいらっしゃると思います。そういう方には、確かな情報サイト、たとえば難病情報センターといった公的なサイトを紹介し、アクセスしていただくことをお勧めしています。

画像:吉川祐一さん youtube「とりすまチャンネル」別ウィンドウで開きますに出演。(外部サイトに移動します。)

製薬業界は患者の経験、能力がよりよく生きる職場

–司会:ご自身の経験を踏まえ、製薬業界にご要望はございますか。

吉川ぼく自身、20歳過ぎにクローン病を発症し、いままで生きてこられたのもくすりや手術など、治療法の進歩のおかげだと思っています。一方、まだまだ治療法が確立していない疾患もありますので、何とかすべての疾患に有効なくすりができて欲しいなというのが、1つ要望としてあります。

病気そのものの根本的な治療薬というのももちろんありがたいのですが、それだけでなく病気にともなう痛みやかゆみ、だるさといった症状を和らげるくすりがあったら、生活がとても快適になると思っています。

ぼく自身は疲れやすいんですけど、これはとても大きなハンデだと思っているんです。この疲れやすさが解消されれば、もっとバリバリやりたいことができて、生活が豊かになると思いますので、ぜひそういうくすりを開発していただきたいと期待しています。

画像:JPA代表理事 吉川祐一さん

協和キリン GIBBSご指摘のような慢性疾患に伴う疲れやすさ、痛み、かゆみといった自覚症状については、医薬品を開発してもそれを市場に出すときの臨床試験が難しいという問題があります。難病患者さんのこうした自覚症状は、健常者を対象にした指標ではなかなか評価することが難しく、結果的に審査が通らないということがあるんです。

先ほど、患者さんの声を聞いて医薬品の研究開発に生かしていくと申し上げたのも実はこのためで、「ペイシェント・リポーテッド・アウトカム」と呼ばれる手法を用いて、患者さんと製薬企業が協力し合って解決することが大切なんだろうなと思っています。

吉川もう1つ、製薬業界に対する切なる要望としては、難病、希少疾患の患者さんたちを、ぜひ積極的に雇用していただきたいということがあります。

難病、希少疾患の皆さんのなかには、ぼくのようなIBDでいえばお腹が痛くなるのが怖くて電車やバス通勤できないとか疲れやすいとかいうことがあって、なかなかフルタイムでの就労に自信が持てない方々がたくさんいらっしゃるんですよね。

そういう方々でも、働きたい、社会参加したい、経済的に自立したいといった、人並みの幸せを願っています。皆さん、時差出勤や短時間勤務を認めていただければ、支障なく能力を発揮できる方々です。

ぼくは、難病、希少疾患をおもちの方々がはたらきやすい環境を一番整えてくれそうな業界は、やはり患者さんのためにくすりをつくってくださっている製薬業界だと思います。もしかしたら、そういう方々の経験が製薬企業のお仕事に生かされることもあるかもしれません。

  • ペイシェント・リポーテッド・アウトカム(Patient Reported Outcome) 疾患にともなう疲れやすさやだるさ、痛み、かゆみなどの自覚症状については、医療従事者による客観的な評価と患者さんによる主観的な評価が異なることがある。また、難病や希少疾患、がんなどの患者さんの場合、健常者に比べ医薬品の有効性や副作用の差が大きいこともある。こうした背景から、患者さんの声を傾聴して数値に表しにくい自覚症状などを適正に評価し、有用性の高い医薬品を研究開発していくための取り組みの1つ。

病気だからといって夢を諦めてはもったいない

協和キリン GIBBSお話をうかがいながら、勝手にゴキゲンになっていました(笑)。確かに、そういう方々が身近で働いてくれていたなら、創薬の専門家たちも患者さんたちの辛さがわかり、よりよい医薬品の研究開発に役立つだろうなあ、そうなったら夢のようだなあと思いました。

患者さんと創薬の専門家が短時間に会っただけでは、化学反応は生まれません。ともに製薬企業で生活をともにすることのメリットは大きいなあ、そういう世の中になったらいいなあと思いながらお話をうかがっておりました。

–司会:締めくくりに、このサイトをご覧いただいている若い方々へのメッセージをお寄せいただければ幸いです。

吉川ぼくは20歳過ぎに発病した当時、自信を失ってしまったんですね。人づきあいが消極的になり、将来の可能性についても自己評価が落ちてしまったということで、ずいぶん損な20代の10年を過ごしてしまったなといま思っているんです。

人生一度きりなので、「病気になったからといって、自分で自分の可能性を狭めてしまったらもったいないね」ということを、若い皆さんにお伝えしたいと思っています。

ただ、何でもチャレンジすればよいというわけではなく、やはりしっかり体調管理をしたうえでのチャレンジということになると思います。

身体をこわすほどムリをしてはいけないんだけど、あまり過度に自分の可能性を抑え込まず、小さな失敗をしながら自分なりの病気との付き合い方を確立していく、そういうなかでやりたいことにもどんどんチャレンジしていく。

そうやって前向きに生きていければ、病気があったからこそ1秒1秒価値のある人生が送れるのではないかと思っています。

司会本日のディスカッションを通じ、病気や障害をもちながら「生活者」として生きていくために必要なことが見えてきた気がします。

誰も取り残さない未来を迎えるためには、「自助」「共助」「公助」という3つの要素がよりよく機能することが大切ですが、そのためにも社会的な理解がさらに進んでいく必要があると感じました。

本サイトをご覧いただいている若い方々には、病気や障害の有無にかかわらず吉川さんのメッセージを受け止め、新たな行動を起こすきっかけにしていただきたいと思います。

本日は長時間にわたり有意義なお話をお聞かせくださり、ありがとうございました。

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