ペイシェント2人に1人ががんになる時代。患者さんやご家族にのしかかる“社会的苦痛”の緩和のために

国立がんセンターの統計によれば、一生のうちにがんと診断される確率は、男性で65.5%、女性で51.2%。日本人の2人に1人以上ががんになる※1という驚きの数字は、もはや誰にとっても、がんを他人事と切り捨てることができない時代の到来を示すものとなった。

一方で、医療技術の向上は目覚ましく、多くのがんは、早めの診断と治療によって治すことができ、治療をしながら日常生活を送れるケースも増えている※2

そのような時代を映し出すようにして注目が高まっているのが「社会的苦痛」の存在だ。「社会的苦痛」とは、がんによってそれまで築いてきた「仕事」や「人間関係」「お金」との関係性が変化することで患者さんやそのご家族が抱えやすい苦痛の一つである。

今回取材したのは、がんライフアドバイザー®️※3として社会的苦痛の緩和の重要性を伝える活動を行う川崎由華氏。社会的苦痛の緩和が重要な理由、そしてがんになった後も自分らしく生きるために大切なこととは――。

  1. ※1国立がんセンター 最新がん統計のまとめ別ウィンドウで開きます(2019年データに基づく)
  2. ※2国立がん情報センター 最新がん統計別ウィンドウで開きます がんの死亡、生存率
  3. ※3がんライフアドバイザーは、がん患者さんやご家族が抱える問題と向き合い、医療知識を持って、「生命」「人間関係」「仕事」「お金」に対する思いをトータルカウンセリングすることで、自分らしい生き方を提案するがんライフアドバイザー協会による医療従事者向けの資格制度

出演者プロフィール

川崎 由華(かわさき・ゆか)
一般社団法人がんライフアドバイザー協会別ウィンドウで開きます 代表理事

大阪医科薬科大学大学院 医学研究科 大学院生、社会福祉士、CFP®️、1級FP技能士、住宅ローンアドバイザー、両立支援コーディネーター

2000年製薬会社に入社しMRとして勤務。その後、父親のがん経験をきっかけに、がん診療連携拠点病院で相談員となり、がん患者さんとそのご家族のお金や仕事の相談を受ける医療・介護者を育成する法人「がんライフアドバイザー協会」を設立。「お金や仕事の問題といった社会的苦痛の緩和も治療の一貫別ウィンドウで開きます」とする重要性を、講演や雑誌、ラジオなどを通じて全国の医療・介護従事者や市民に向けて伝える。2022年には、がんライフ教育の普及をテーマとした活動が、2025年大阪で開催予定の日本国際博覧会の「共創チャレンジ」に選出される。

大阪医科薬科大学 HP:大阪医科薬科大学 (ompu.ac.jp)別ウィンドウで開きます
大阪医科薬科大学 医学研究科HP:大学院 医学研究科 | 大阪医科薬科大学 (ompu.ac.jp)別ウィンドウで開きます

社会的苦痛の緩和も治療の一貫

4つの苦痛(身体的苦痛、精神的苦痛、スピリチュアルペイン、社会的苦痛)スライド

–がん患者さんやご家族が抱える「社会的苦痛」とはどのようなものでしょうか。

川崎由華(以下、川崎)がんによって起こるさまざまな苦痛を緩和することを目的とする緩和医療では、がん患者さんは4つの苦痛からなる「トータルペイン(全人的苦痛)」を抱えていると考えられています。

4つの苦痛には、痛みや体のつらさである「身体的苦痛」、不安やおそれ、いらだちなどの「精神的苦痛」、生きる意味や価値についての疑問である「スピリチュアルペイン」、そして今回のテーマでもある、お金のことや仕事上の問題、人間関係の変化による「社会的苦痛」があります。

この4つの苦痛は、互いに影響し合いながら存在しているため、1つの苦痛が他の3つの苦痛を新たに引き起こしたり、強めたりすることがあります。一方で、1つの苦痛が緩和されれば、他の3つの苦痛の緩和につながることもあります。

社会的苦痛の緩和は、身体的苦痛や精神的苦痛の緩和に有効であるにも関わらず、医療従事者は社会的苦痛について専門的に勉強する機会が非常に少なく、患者さんの疑問や不安に適切なアドバイスを行うことが難しいのが現状です。加えて、患者さんご自身にも医療制度の知識がなく、「がん治療は高い」という思い込みから、漠然とした将来への不安を抱えこんでいるケースもみられます。

がんにともなう社会的苦痛の一例:「がんの治療費で生活が苦しくならないかな・・・・」、「治療に専念するために仕事は諦めた方がいいのかな・・・・」、「仕事をやめたらこれまでのキャリアはどうなるんだろう・・・・」、「長引く治療、貯蓄を崩しているけれど、この先はどうなるんだろう・・・・」、「自分に万一のことがあったら、家族はお金に困らないだろうか・・・・」/社会的苦痛が他の苦痛を引き起こすケースの一例:「がんの治療で生活が苦しくならないかな・・・・」(社会的苦痛)が、「自分のせいで家族に経済的な負担をかけてしまうのか・・・・」(精神的苦痛)、「こんな自分は生きていていいのだろうか・・・・」(スピリチュアルペイン)を引き起こす

がん患者さんの「トータルペイン(全人的苦痛)」緩和のためには社会的苦痛の緩和は欠かせないピースの1つ。身体的苦痛と同じように、社会的苦痛の緩和も治療の一貫と捉え、日頃から正しい情報源を持ち、正しい知識を得ていくことが大切です。

画像:がんライフアドバイザー川崎由華氏

–がんにともなう社会的苦痛と向き合うようになったきっかけはありますか?

川崎活動を始めたきっかけは、自身のクリニックで医師をしていた父を肝臓がんで亡くしたことです。発見された時、がんはすでに末期の状態で、父は2ヶ月あまりの入院を経て、そのまま帰らぬ人となりました。私にとっても、家族にとっても、その死はあまりにも突然なものでした。

がんが発覚する以前から、父は軽い不調を感じていたようでした。しかし、地域医療を支えるクリニックを休診してまで自分の健康を優先させることは難しく、先延ばしにしているうちにがんの発見が遅れてしまったのです。がんという病気は、その人とご家族の人生をあっという間に変えてしまう――父の死を通して、初めてその事実を体感しました。

父の死と向き合う日々の中で、「私にも何かできることはなかったのか」という思いが強くなっていきました。そんな時、「自分の持っているお金にまつわる知識や資格と医療の知識を組み合わせれば、がん患者さんやそのご家族により実用的なサポートができるのでは?」というアイデアを思いつき、現在のがんライフアドバイザー®️につながる活動を始めることにしました。

「お金がないからこれ以上の治療はしたくない」ある女性の告白

–活動の中で印象的なエピソードがあれば教えてください

川崎これまで500件以上の相談に乗ってきましたが、がん患者さんやご家族が抱えている問題は、本当にさまざまです。中でも特に印象に残っているケースをお話します。

再発防止のための抗がん剤治療に抵抗を持っていたケース

乳がんの手術を終えた40代の女性が「お金がないから、これ以上の治療はしたくない」という患者さんの相談に応じてほしいと医療従事者から依頼がありました。そこで、私がご本人から話を聞いたところ、「お金がない」とは「貯蓄がない」という意味ではなく、「再発予防のための治療」は「プラスアルファの贅沢な治療」という本人の誤解から生まれた発言だったことが分かりました。

その時、医師が提案していた再発防止治療は、標準治療※4の範囲内であり、健康保険が適用される一般的なものでしたが、女性にとっての貯蓄は「子供の進学や車の買い替えなどのための家族のお金」という意識が強かったため、自分の治療のために使うことに抵抗があったようです。また抗がん剤は貯蓄を切り崩すほど高額であるという思い込みも彼女を苦しめているようでした。

再発防止のための治療は一般的なものであること、高額療養費制度や健康保険の独自給付により、治療費の負担は軽くて済むことをお伝えした結果、女性は治療を継続することを決意されました。

  1. ※4標準治療別ウィンドウで開きますとは、科学的根拠に基づいた観点で、現在利用できる最良の治療であることが示され、ある状態の一般的な患者さんに行われることが推奨される治療

引用元;国立がん研究センター「がん情報サービス」用語集
https://ganjoho.jp/public/qa_links/dictionary/dic01/modal/hyojunchiryo.html別ウィンドウで開きます
(参照;2023年5月15日)

治療計画に経済状況が反映されていなかったケース

悪性リンパ腫と診断されたあるご高齢の男性は、医師が最初に提案した半年間の入院による治療を拒んでいました。お話を伺ったところ、男性はご自身が立ち上げた飲食店を1人で切り盛りしており、長期入院をすればその間の収入はゼロになることに加え、店舗家賃の支払いが困難なこと、常連客が離れてしまうことに危機感を持っていると分かりました。

その後、お金の事情、経営的な事情から、店を休まずに通院で治療を続けたいという患者さんの希望を医師にお伝えしたところ、治療計画が変更され、お店を続けながら通院での治療を開始することができました。

ひとり暮らしの方の生前整理をお手伝いしたケース

あるひとり暮らしの男性は、自分に何かがあったときに、周りに迷惑をかけないようにしたいとのことで相談に来られました。1番の心配は、今借りている家の大家さんに迷惑が掛かること。さらに、自分でできるうちに葬儀代や、死後整理の手配のためのお金を託しておきたいとおっしゃっていたので、そのお手伝いをしました。

また、自身のがんをきっかけに、ペットの猫を友人に託した50代の1人暮らしの女性とお話したこともあります。この方は明るく活発で友人も多く、いざという時に頼ることができる場所を多く持っていました。元気な時からの信頼関係の貯蓄は、お金の貯蓄と同じくらい大切なことだと学ばせていただいた経験でした。

がんになっても、自分らしい人生を

画像:イメージです。

–がんによって抱える悩みは、人によって本当にさまざまなのですね。がんライフアドバイザー®️の活動を通じて実現していきたいことはありますか?

川崎これからも、がん患者さんやご家族が抱える社会的苦痛を少なくしていきたいと考えています。そのためにはまず、全国の医療従事者、介護従事者のみなさんの「社会的苦痛」に対する意識が変わることが大切。院内でのお悩み相談会を続けるとともに、ベッドサイドで患者さんの苦悩をすくい上げ、適切なサポートができる医療人材の育成に力を入れていきたいと考えています。

また、読者のみなさんには、もしがんになってもアイデンティティや生きがいを失うわけではないことを忘れないでほしいと思います。実際に、がんになってからもお仕事や好きなことを続けている方はたくさんいます。「治療中もこういう生活を続けたい」「治療中も仕事を続けられるか」など、希望や不安、お悩みがある場合は、どんな些細なことでも気持ちを伝えるようにしてください。医療従事者も患者さんの希望やQOL(生活の質)も考慮しながら、一緒に治療方法を選択してくれます。2人に1人ががんになる時代。例えがんになったとしても、大切なものを守れるような「がんライフ」について一緒に考えていきませんか?

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