成長患者さん中心の価値創造を加速する「エンジン」としてのDX
目次
生成AIやAIエージェント技術が進化した今、製薬業界の研究環境は大きな変化の時を迎えています。協和キリンは2021年から、「経営基盤」としてのDXを推進してきました。
DXを統括するCDXOの亀山満が語るのは、「DXの本質は、データに基づく意思決定と、部門・地域を越えた連携、そして人と組織の行動変容」であるという点です。協和キリンにおけるDXの今をご紹介します。
プロフィール
Chief Digital Transformation Officer (CDXO)
亀山満(かめやまみつる)
日産自動車、資生堂、三菱マテリアルでDX推進をリードし、2025年より協和キリン株式会社CDXOに就任。C-suite Executiveの一員として、デジタル戦略を率いている。
DXで意思決定の質とスピードを高め、Life-changingな価値創造を
―協和キリンではどのようにDXを進めてきましたか。
亀山満(以下 亀山) 協和キリンでは、2021年にデジタルビジョンを策定し、データとデジタル技術を活用した変革に取り組んできました。
重要なのは、協和キリンにとってのDXが、単なるIT導入ではないという点です。私たちにとってのDXとは、患者さん中心の価値創造を持続的に実現するための経営基盤です。2026年6月1日に経済産業省からDX認定を受領したことも、こうした考え方に基づき、経営としてDXに継続的に取り組んできたことを示す一つの節目と捉えています。引き続き、DXによって意思決定の質とスピードを高め、Life-changingな価値を世界へ届けていきたいと考えています。そこで、DXを「パイプラインの強化」「仕事のやり方の見直し」「患者さん中心の価値創造」という3つの戦略的フォーカス領域に結びつけ、経営戦略と一体で推進しています。
AI Research Agentで科学文献と社内データの統合的活用が可能に
―「パイプラインの強化」ではどのような取り組みを進めてきましたか。
亀山 パイプラインの強化につながる研究開発は、協和キリンの価値創出の中核であり、DXが最も直接的に貢献する領域の一つです。
特に近年、AIエージェント技術が急速に発展し、製薬研究においても大きな変革の機会が訪れています。私たちは、調査に特化したAI Research Agentの開発に着手しました。研究領域では、膨大な科学文献と社内データを統合的に活用し、確度の高い研究仮説を創出することが求められているからです。
開発にあたっては、研究本部とIT部門が協力体制を組みました。部署の枠組みを越えたチーム編成により、専門性を相互に補完しながら開発を進めたため、実装可能なAI Research Agentの内製が迅速に進んだと考えています。私たちの研究ニーズに即したカスタマイズが可能になったことも内製のメリットでした。
対話型AIや調査支援AIの導入と積極活用を推進したことで、大幅な作業の効率化が進み、調査結果の分析・考察に時間を割けるようになりました。AIエージェント技術は研究活動にとどまらず、事業開発や戦略立案など幅広い領域への展開が期待されますので、今後も積極的に活用範囲を拡大していく方針です。
AIを活用した全社横断型の業務改革で、部門の関係性に変化が
―「仕事のやり方の見直し」では何を行ってきましたか。
亀山 私たち製薬企業は、「生産性」を追い求めるだけでなく、「品質」と両立させることが至上命題です。DXも、この本質的な課題に向き合う取り組みとして進めてきました。その代表例が、全社横断の「プロジェクトATOM」です。ATOMは「AI」「Transformation」「Orchestration」「Momentum」の頭文字をとっています。
ATOMでは、営業、コンプライアンス&リスクアセスメント、薬事といった部門の壁を越えたチームを結成し、現場の課題を起点にAIを活用した業務変革に挑みました。たとえば医療従事者による講演のスライドの審査、疾患啓発の資材作成とその審査、案内状チェックといった主要な業務プロセスを対象に、属人化していた判断基準を言語化・明文化し、AIに学習させることで、業務の標準化と品質向上を同時に進めています。
ATOMの特徴は、「曖昧さを許容しない」というAIの特性を活かして、組織全体の基準や価値観そのものを問い直した点にあります。AIをきっかけに、部門を横断した本音の議論が生まれました。部門間の関係性は「申請者と審査者」という構造から、「合意点を共に見出すワンチーム」へと転換が進みました。
結果として、業務の心理的安全性や属人ではない判断の一貫性が高まるとともに、工数削減やコスト最適化といった効果が現れ始めています。ATOMを通じて私は、DXが業務効率だけでなく、組織の協働関係や文化の進化にも寄与するのだと実感しています。
デジタル技術で患者さんの声を構造化・分析。理解を深化し、「患者さん中心」の考え方をさらに業務に浸透
―「患者さん中心の価値創造」については、どのような取り組みがありますか。
亀山 協和キリンでは、これまでの事業活動を通じて蓄積してきた当社ならではの患者さんの声や経験知を、重要な経営資産と捉えています。今後は、これらの情報をデジタル技術によって構造化し、分析することで、患者さんの真のニーズや未充足の課題をより深く理解し、研究開発や価値提供プロセスへとつなげていくことを目指しています。
この取り組みの意義は、患者さんを第一に考える視点を、組織全体の日々のオペレーションに根づかせることにもあります。患者さんの声を起点としたインサイトを、業務プロセスや意思決定の現場で活用することで、従業員が自らの業務と患者さんへ届ける価値とのつながりを実感できる環境を整えていきます。現時点では構想段階にある取り組みも含まれますが、段階的に基盤整備を進めていく予定です。
アンメットメディカルニーズに応えるために、DXで変わっていく
―あらためて、協和キリンにとってDXが不可欠な理由とは何でしょうか。
亀山 協和キリンは、「Life-changingな価値の創出」に向け日々の活動に取り組んでいます。そこでは研究開発から生産、サプライチェーン、そして患者さんや医療関係者との接点に至るまで、すべてのプロセスにおいて高い品質と信頼性を確保しながら、確実に価値を届けることが求められています。
一方で、医療ニーズの高度化、技術進化の加速、グローバルでの事業展開の拡大により、従来の組織構造や業務の進め方だけでは、スピードや柔軟性の面で限界が見え始めています。アンメットメディカルニーズ(未充足な医療ニーズ)に応えるためには、この変化に対応し、一日も早く患者さんへの価値へと転換していく力が不可欠です。
こうした環境変化の中で、DXは経営のスピードと質を高め、患者さん中心の価値創造を持続的に実現するための経営基盤となります。デジタル技術はあくまで手段です。DXの本質は、データに基づく意思決定と、部門・地域を越えた連携、そして人と組織の行動変容にあります。
失敗を恐れず挑戦し学び続ける文化で、現場発のDXをさらなる力へ
―これまでにどのような連携や変容が生まれましたか。
亀山 業務やプロセスの可視化が進み、部門や地域を越えた連携が強化されることで、組織全体としての実行力が高まりつつあります。また、データに基づく議論や判断が浸透することで、限られた経営資源をより戦略的に配分するための基盤も整いつつあります。研究開発やATOMの事例に見られるように、現場発の改善や挑戦が、部門横断の協働や全社的な標準化につながり、DXを持続的な力へと進化させています。
こうした取り組みを支えているのは、KABEGOE Principlesの存在です。「Make a Difference」「Be Brave and Agile」「Be Curious and Keep Learning」といったPrincipleのもと、失敗を恐れず挑戦し、学び続ける文化を育むことで、DXは一過性の施策ではなく、協和キリンの経営に根づいた力となりつつあります。
――今後に向けたビジョンをお聞かせください。
亀山 DXは、研究開発のスピードや業務の効率性を高めるだけでなく、将来の価値創造に向けた選択肢を広げる力を持っています。仕事のやり方の見直しによって生み出された余力はパイプラインの強化や新たな価値創出への再投資につながり、さらに患者さん中心の価値創造へと循環していきます。この好循環こそが、DXを「エンジン」として位置づける理由です。人と文化の変革とともに、DXをエンジンとしてVision 2030を実現し、Life-changingな価値を世界へ届けていきます。
