イノベーションイノベーションセンターの研究環境とは:創発を生み出す仕掛けとチームマネジメント(後編)

協和キリンの「イノベーションセンター」は、創薬初期の探索段階の創薬研究を推進する研究所です。各研究領域のエキスパートである「Principal Investigator(以下、PI)」のリードのもと、チーム間で柔軟に連携しながら、研究テーマに取り組んでいます。後編では、創発を生み出す仕掛けや、チームマネジメントに話が及びました。

「この研究といえば、この人」 研究員一人ひとりを伸ばしていきたい

–ボトムアップで研究テーマが立ち上がるとのことですが、イノベーションセンターには11のチームがあり、様々な研究員が所属しています。お互いの研究を知っているのですか。

宇佐美 創発を生み出すことを意識して、交流の機会が設けられています。例としては、イノベーションセンター内でポスター発表の機会があります。若手を中心とした研究員が関心ある分野の研究を発表しますので、お互いの関心や得意分野を知る場になっていると思います。

江嵜 加えて、わざわざ何かをしなくても、つながれる体制になっていると思います。PIの11名がみんな「人好き」ですから。それぞれのPIがいろいろな人のことを知っていますよ。

宇佐美 確かに、メンバーから尋ねられたら「あの人がこんなことやっていたから聞いてみたら?」とつなぎますよね。PIの皆さんは顔が広くて驚かされます。

江嵜 研究員自身が自分の研究を周囲に知ってもらう努力も大切です。「出る杭は打たれる」と言いますが、私は「出る杭は伸ばして」あげたいと思っています。メンバーみんなに「出る杭」になってほしいんです。

画像:江嵜

宇佐美 PIにできるのは、看板を作ってあげることですよね。「この研究といえばこの人」が分かると、コミュニケーションを取りやすくなりますから。

江嵜 はい。仕事の看板に加えて、パーソナリティの看板も大切ですね。

宇佐美 社内でどう知られたいかは、人によりますからね。脚光を浴びて目立つのがよい人もいれば、縁の下の力持ちとして活躍したい人もいます。研究員をサポートするとき、相手によってアプローチを変えていきたいものです。パーソナリティを知るといえば、江嵜チームはカードゲームをやったとか。

江嵜 そうなんですよ。チーム発足時、初めて一緒に仕事をするメンバーが多かったので、どうしようかなと思いまして。メンバーに相談してみると「カードゲームもいいですよ」というので、ポーカーをやってみました。思った以上に、それぞれの人となりが出るものですね。ねらい通りお互いを知れたことに加え、「自由に時間を使って新しいことを考えよう」という雰囲気が生まれたのがよかったです。

宇佐美 私のチームは前身のモダリティ研究所の頃から変わらないメンバーがメインですが、自分のポジションが変わったので、「私ができることには限界があるので、できないこと・できていないことは協力してください」とお願いしました。フォローしてもらって助かっていますし、不足することを伝え合えるのは、チームとして良いあり方かなと思っています。

江嵜 相手を知らないと、どこまで踏み込んで伝えて良いものか、悩みますからね。カードゲームもよかったですけど、仕事でも1人につき1テーマではなく、2人で1テーマ、あるいは2人で3テーマを担当するようにして、いろいろな人と知り合いながら専門性を共有して、助け合える働き方を心がけています。最近は皆さんから私へのヘルプも多くなってきて、「江嵜さん、それNGです!」とかツッコミがだいぶ増えてきました(笑)

宇佐美 言える関係ということですよね。

江嵜 言われない人間になってみたいですけどね。

画像:宇佐美

創薬に邁進できる環境 失敗を恐れず思いっきり挑戦を

–チームマネジメントでは何を大切にしていますか。

宇佐美 自分が担当するテーマだけではなく、他の人のテーマも自分ごととして考えてほしいと話しています。「こうしたほうがいいのでは?」と気づいたことは、相手に伝えてほしいのです。なぜかというと、自分が担当できるテーマは数が限られますが、他の人のテーマも自分ごととして捉えれば、経験値がそれだけ増えるからです。また、議論も大事ですが行動してほしいとも伝えています。いくらミーティングをしても結論が出ないケースがあります。そんなときは、実験をして結果を見たほうが早いです。たとえ結果が想定通りでなかったとしても、実験で感覚を掴み、次のトライに活かすことを考える。そんなサイクルをどんどん回してほしいと思っています。

江嵜 私が大切にしているのは、背中を押すことです。やりたいことがあるなら、本人が思う3倍くらい思いきりやってもらえるようにします。というのは、みんな遠慮しがちなんですね。初期探索という性質上、失敗が多いので、「こんなことをやってもいいのかな、失敗するかな」と萎縮してしまいます。だからこそ、例えば10種類の可能性を試したいのなら30種類を試せるよう環境を整えるのが、私の役割。特にキャリアが浅いと「自分にはこれくらいしかできない」と思いながら10種類を3種類に絞ってしまうことの方が多いです。チームのみんなで手伝うこともできますし、ロボットなど活用できるツールもありますので、工夫次第でなんとでもなります。

宇佐美 そもそも失敗を失敗と思わなければいいんですよね。必ず次につながりますから。それにテーマがうまくいかなかったとしても、本人が悪いのではなく、あくまで実験結果。のびのびやってもらいたいですね。

江嵜 本当にそうです。3つやっておけば1つは生き残るかもしれないですし、理論的に考えたら無駄だと言われるかもしれないことを推奨したいです。1から10の優先順位を考えるのに時間をかけるくらいなら、1から30まできる方法を考えることに時間を使いたい。私は皆さんには「挑戦する権利がある」と、いつも伝えています。

宇佐美 せっかく企業の研究現場にいるのですから、挑戦できることを喜びとして感じてもらいたいですよね。

江嵜 そうです。思いっきりやってほしいですね。

画像:若手研究員が活躍し、活発な議論が交わされている

DXや多様な手法を取り入れ、実験に工夫を重ねる

–そうすると、かなり忙しいのではないでしょうか。

江嵜 忙しいですね、目が回りそうです。ただ、結果的には思うほどの長時間労働というわけでもないです。

宇佐美 研究員の多くは、設定した自分の研究目標に対して、その進捗や予定に合わせて柔軟に勤務時間を調整しています。効率よく仕事を進めるために、それぞれが工夫しながら働いており、高い自己管理力が求められる環境です。その分、自分の裁量で仕事が進められるので、プライベートとの両立もしやすいと思います。私自身、共働きなので家庭の都合で早く帰ることがあります。また、他の実験結果を活用したり、専門家に入ってもらったりもできます。メンバーには、どう工夫すれば実現するのかを考えてほしいです。

江嵜 例えばプログラミングで解析を自動化するなど、工夫が可能です。会社としてDXに力を入れていますので、ロボットやAIなども活用しながらうまくやっていくことができます。

宇佐美 DXは助かりますね。一方で、DXに頼りきりで実験しないのもよくありません。イノベーションセンターで“Back to the Labs.(実験室に戻ろう)”というスローガンを掲げて活動しています。実験しないと分からないことがありますので、研究員にはDXを活用しつつも実験に精を出してもらいたいと切に思います。

画像:イノベーションセンターでは“Back to the Labs.”と掲げ、実験を重視する方針

–イノベーションセンターでは海外学会に参加する機会もありますね。

宇佐美 近年はオンデマンド参加もありますが、現地に行ってこそ感じられることがあると考えています。センター長が海外学会への参加を積極的に促すのは、世界がどう動いているのかを肌で体感して来てほしいということでしょう。また、海外留学は博士号を持つことが条件になっていますので、海外学会で刺激を受け、博士号を目指すことを検討するなど、キャリアについて検討するきっかけにつながる人もいます。

江嵜 私たちの相手は世界です。世界を知らないと戦えません。海外学会などを通して、「世界を知ったうえで勝てる研究をしてほしい、確かなサイエンスをしてほしい」というメッセージだと捉えています。

–最後に、お二人のこれからの展望を教えてください。

宇佐美 自分が患者になったときに安心して投与できる薬でなければいけないと思っています。最終的に自分が生み出した技術を搭載した薬が世に出て、患者さんに使われることになったら、研究者冥利に尽きます。

江嵜 私も同じですね。会社の柱になるプロダクトを作りたいですし、日本発の薬を世界の患者さんに届けたいです。私たちが仕事を頑張ることが、日本の製薬産業の発展につながり、次世代が活躍する未来にもつながると思っています。

宇佐美(左)、江嵜(右)