イノベーションイノベーションセンターの研究環境とは:初期探索段階の創薬研究を推進(前編)

協和キリンでは「Story for Vision 2030」の実行に向け、研究体制の強化に取り組んでいます。2025年には、国内の研究所を統合・改編しました。「イノベーションセンター」で創薬初期の探索段階の研究(初期探索)を推進し、有望と判断した研究を「バイオ創薬センター」にて臨床開発へとつなげる体制を構築しました。

今回ご紹介するイノベーションセンターは、フラットな組織形態が特徴です。各研究領域のエキスパートである「Principal Investigator(以下 PI)」がリードしつつ、チーム間で柔軟に連携して研究を進めています。2名のPIに、研究内容やイノベーションセンター設立による研究環境の変化を聞きました。

プロフィール

協和キリン株式会社研究本部 イノベーションセンター PI
宇佐美克明(うさみ かつあき)

埼玉県出身。学生時代は薬学(エボラウイルスの感染メカニズム解明)を専攻し、抗体医薬品を創りたいという思いから2009年協和キリンへ入社。抗体パイプラインプロジェクトを複数経験し、抗体技術研究とシフトし現在に至る。2022年にはバイオロジー研究のためオーストラリアMonash大学への留学も経験。2025年1月よりイノベーションセンターのPIに就任。

協和キリン株式会社研究本部 イノベーションセンター PI
江嵜正浩(えさき まさひろ)

熊本県出身。学生時代はモデル生物であるゼブラフィッシュを用いてイオン代謝調整を研究。研究所の自由で活発な雰囲気に大きな刺激を受け、2008年協和キリンへ入社。血液腫瘍にフォーカスし天然物創薬や低分子分解薬の研究に従事。探索研究から臨床開発への展開を経て2025年1月よりイノベーションセンターのPIに就任。研究で大事にしていることは、ワクワクする逆境。

「疾患」と「技術」のチームが柔軟に連携

–お二人が担当する研究について教えてください。

江嵜正浩(以下 江嵜) イノベーションセンターには、「疾患」を扱うチームと「技術」を扱うチームがあります。疾患のチームには「骨・ミネラル」「血液がん・難治性血液疾患」「希少疾患」があり、私は血液がんを担当しています。血液がんは、進行が早く治療が難しい病気です。我々が持つ技術要素でどのように課題を解決できるかを追求しており、私のチームでは主に抗体技術を応用した新しい医薬品の開発に取り組んでいます。

宇佐美克明(以下 宇佐美) 技術のチームは、抗体、遺伝子や細胞医療といった創薬技術別に分かれており、私は抗体技術を担当しています。イノベーションセンターは発足時から、疾患と技術の連携を重視してきました。疾患のチームから「この疾患では、標的分子に対してどのようにアプローチするべきですか?」と私たちに持ちかけられることもありますし、反対に、抗体技術の担当者が「こんな抗体技術があると、どんな疾患ニーズを満たせますか?」と疾患のチームに打診することもあります。

江嵜 チーム同士が一対一でやるのではなく、複数のチームでやり取りしながら進めていますよね。

宇佐美 そうですね。例えば抗体技術の観点では、抗体が結合できる分子を抗原と言いますが、病気と関わりが深い抗原と結合できる抗体は、治療薬のタネになりうるのです。そのため私たちは血液がんのチームに「がん細胞に特異的に発現する分子は何ですか?」と尋ねます。まだ判明していなければ、血液がんチームは抗原となる分子を探索するチームと連携して調べます。探索の結果、分子が判明すると血液がんチームから私たちに「この分子を抗原として、技術でトライできますか?」と依頼が寄せられます。

画像:宇佐美克明

常識ではありえない発想から、新技術を生み出す

–お二人は、初期探索を中心にキャリアを歩んできたのですか。

宇佐美 入社当初は、がんを対象にした抗体医薬品のパイプライン研究をしていました。5年目から抗体技術にシフトし、留学を挟んで、帰国後も初期探索をやっています。初期探索はおもしろいですね。私の場合は、頭の中でアニメーション映像を作ってみるんです。どういう動きで病気に関わる細胞を死滅させられるかをイメージしてから、具体的に技術へと落とし込んでいます。魅力だと思うのは、常識ではあり得ない発想でも、実験で成功する場合があること。私は、抗体が持つ機能の一つである抗体依存的細胞傷害活性(ADCC活性)を病因細胞だけに発揮させるため、従来重視されてきた(抗体が持つ特徴である)安定性を度外視して、抗体を半分に割ってみる実験をしました。結果、新しい技術を生み出すことに成功しました。協和キリンにはポテリジェント技術がありますが、要は次世代型のポテリジェント技術ということになります。このように、少し無理かもしれないと思うことでも実際に実験をすることで思いがけない結果が得られ、それが創薬につながっていくのはとても魅力的なことだと思います。

江嵜 私は、疾患担当の研究員として入社しました。がん治療を目指して、低分子創薬で初期探索から臨床開発まで取り組んできました。やっぱり、初期探索が好きです。新しい現象や標的を見つけるのは、とてもワクワクしておもしろいと思います。疾患については、固形がんも勉強していましたが、血液がんを対象とした研究が長くなりました。イノベーションセンター設立後は、初期探索により集中できるようになりましたね。臨床開発は治験スケジュールの兼ね合いで、締め切りのあるタスクに追われる場面もありました。今はバイオ創薬センターが臨床開発を担うことで役割分担が進み、初期探索に集中できる体制が整っています。

画像:江嵜正浩

研究テーマがボトムアップで生まれる環境

–2025年1月にイノベーションセンターが設立され、研究の仕方に変化があったのですね。

江嵜 これまで別々の研究所で活動していた疾患のチームと技術のチームの研究員が一堂に会し、連携しながら研究を進められるようになりました。得意分野でチームを分けてはいるものの、話が進むのが早くなったと思います。私のチームの中にもケミスト、バイオロジスト、抗体・ペプチド研究者、薬理の専門家が揃っており、幅広い視点から研究を進められます。

宇佐美 スムーズになりましたよね。私たち技術屋は、つい徹底的に技術を追求したくなってしまいます。ところが、「こんな技術を作れましたがどうですか」と疾患のチームに持っていくと、そこまでの技術は必要とされていない場合もありました。抗体技術の研究員だけで考えても、治療薬に求められる基準の解像度が低いままだからです。今は、「疾患」と「技術」が連携してテーマを立ち上げるので、必要な技術のレベルが見えやすくなったと思います。

江嵜 そういう意味では、私たちもわがままを言いやすくなったと思います。私たちは「もっとこういうコア標的(体内で病気に深く関わる分子)を狙えたら、よい治療ができるんだろうな」とよく考えます。ただ、そういったコア標的を狙うためには課題があることがあります。例えば、標的の量が少なく高い効果を得るのが難しい、正常組織にも発現があり副作用の懸念があるなど、それぞれ狙うことが難しい理由があります。今は、技術のチームの方々が身近にいるので、そういった課題を解決できる技術はないか、相談しやすくなったと思います。

宇佐美 技術側は、その課題設定があると動きやすくなります。イノベーションセンターのコンセプトとして、積極的なコラボレーションを掲げていますので、11名のPIが意識的に連携してきた結果として、有望な研究が生まれてきているのだと思います。さらに、PIだけでなく、それぞれの研究員がチームの垣根を越えて、みんなでわいわいとやっていますね。

江嵜 そうですね。宇佐美さんのチームは平均年齢が30代前半くらいですか?うちも同じくらいです。研究員同士が会話する過程でテーマが生まれることが多いですよね。これはイノベーションセンターができる前からそうでしたが。

宇佐美 私もいろんなテーマを立ち上げてきました。今、PIのポジションになっているのは、若手の頃から研究テーマを自ら立ち上げ、周りを巻き込みながら研究を進めて育ってきた世代。だからこそ、研究員同士が連携し、ボトムアップで取り組んでいくことをより期待しているのではないかと思います。

研究員同士の積極的なコラボレーションが可能となり、新しいアイデアが生まれる環境が醸成されているイノベーションセンター。後半では、研究員同士の連携で創発を生み出すための仕掛けや、チームマネジメント、仕事の環境について聞いていきます。

コラム:PIの声

骨・ミネラル領域と希少疾患領域の研究を率いるPIそれぞれの思いも、お届けします。

佐野暁子 骨・ミネラル領域

骨代謝や骨の異常に関わる疾患領域で、新薬創生のための初期探索研究に取り組んでいます。協和キリンはこれまでの創薬や製品を通じ、骨・ミネラル領域の医師や患者さん、研究者とのネットワークを築いてきました。国内外の関係者とともに、患者さんの未来を変えられるかもしれないという壮大な夢を追いながらサイエンスを追求する楽しさがあります。一人では決してできないことも、異なる専門性を持つメンバーとなら達成できます。お互いの研究に興味を持ち、チームの力で研究を進めていきたいと思っています。

植村泰典 希少疾患領域

難治性の希少疾患や免疫疾患にフォーカスし、創薬に挑戦しています。協和キリンはそれぞれの研究員が高い専門性を有していて、和気あいあいとしながらもお互いに厳しい指摘をできる環境です。また、パイプラインプロジェクトをボトムアップで創出できることも魅力のひとつ。私自身、これまで数々のプロジェクトに参画してきましたが、研究の再現性を取れずに苦しんだこともありました。そんなときは仲間のサポートが大きかったです。研究者のつながり、データのつながりなど、様々なつながりが、患者さんに喜んでもらえる素晴らしい薬を生み出します。価値の高い多くのつながりを作ることを日々心がけ、これからも創薬に邁進したいと思います。